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ジャグラー

 

物理・数学の学者になりたかった学生時代

丹下:生まれから教えていただけますか?

しんのすけ:生まれも育ちも東京の小平です。

丹下:大学東大でしたよね。高校はどちらですか?

しんのすけ:都立武蔵高校です。

丹下:御三家ですか?

しんのすけ:あっちは私立ですね。

丹下:違うんですか。なるほど。ですと、東大行く人とかは珍しかったりしたんですか?

しんのすけ:そうですね。あまり進学校という雰囲気はなかったかもしれませんね。

丹下:高校の頃になりたいものとかあったのですか?

しんのすけ:僕は高校の頃は理系だったんです。

丹下:理系ですか。一緒です。僕は機械なんですが。

しんのすけ:そうなんですか。僕は物理とか数学がやりたくてですね、夢見ていたんですが。

丹下:夢見ていたということは、学者になりたかったということですか。

しんのすけ:そうですね。

丹下:物理数学の道へのきっかけはなんだったんですか?
★ Dreamerのプロフィール
出身地 東京都小平市
生年月日 1976年9月23日
学歴 東京大学大学院総合文化研究科
略歴 東京都ヘブンアーティスト
KOTO街かどアーティスト
アクア大道芸フェスティバルふれあい賞[2002]
第2回日テレ Art Daidogei グランプリ優秀アーティスト賞[2004]
趣味 読書 散策 酒
その他

☆ 会社概要
企業理念 ジャグリングを文化に!
社名 ジャグラー
代表者 ハードパンチャーしんのすけ
設立 2002年
住所
TEL 080-5083-6356
FAX
URL http://high-beam.info/shinnosuke/
しんのすけ:なんだったかなあ。そう思う前は小説書きたいと言っていたんですよ。数学は当初あまりできなかったんですけど、中学のときの数学の先生がいい方で、その方と会って興味を持ち始めて高校でもっとやりたいなと思ったのがきっかけですね。思春期の頃の定番の質問あるじゃないですか。「数学やってて何の役に立つんですか?」という。

丹下:ありますね。数学科卒の社員といつもそんな話になります。

しんのすけ:その先生が、方程式が解けるとかいうことが役に立つことはないかもしれないが、数学で培ったものの見方とか考え方は役に立つよと言ってくれました。そこで高校で勉強してみようかなと思って。で、高校で物理とか勉強すると、高校の物理って力学とか、ものの見方がすごくシンプルじゃないですか?

丹下:シンプルですよね。ボールを坂道転がしたりですとか、投げたりとか、滑車がどうだとか。

しんのすけ:運動方程式があればいいみたいな。それで物事が見られるってすごいことだなと思って

丹下:変な話、一般解がありますもんね。

しんのすけ:大雑把に言うとその頃の世界への支配欲みたいなことがありまして。

丹下:なるほど、ある事象が方程式で解けるんであれば、色々なことが擬似的に解けるんじゃないかと思いますよね。


しんのすけ:高校とか問題解いていても、綺麗に解けるじゃないですか。ハマッて、この世の中はどうなっているんだろうみたいに思って。一方でその中学からの文系的な興味もあったんですけど、授業は急に古典の世界に入っていっちゃったりして、今ならバックグラウンドを理解できるんですけど、高校の頃はなんでやるのかとかが理解できなくて。自分は文系じゃないかなとか思っちゃって。

丹下:そうですよね。歴史とかもそうなんですよね。ビジネスやると、戦国時代のやりとりと企業戦争と照らし合わせることが多くて、そうすると急に歴史に興味がわいたりして。

しんのすけ:急に見方が変わって、血の通ったものになりますよね。
丹下:そうしますと、中学高校までは数学物理系で、大学の時もそういう志望で入っていったと。

しんのすけ:そうですね。


世界的数学者ピーター・フランクルの影響で、ジャグリングに興味を

丹下:どういうきっかけでジャグリングに出会ったんですか?

しんのすけ:中学か高校の頃、テレビでジャグリングを見たんですね。綺麗だなと思って、テレビを見て見よう見まねでやってみたんです。ボールを使ったやつはなかなか出来なくて、シガーボックスっていう箱を3つ使うやつとかデビルスティックなら自分にもできるだろうと思ってやっていました。でも道具がなくて、ティッシュの空き箱とか、サランラップの芯とかでやったんですけど、案の定できないんです。で、ダメかと思って1回脇に置いておいたんです。

丹下:で、大学でもう一度リバイバルという感じですか?

しんのすけ:一浪していたんですが、その頃の受験雑誌にピーター・フランクルさんの記事で、ジャグリングのやり方を紹介しようみたいなのが載っていたんですよ。それを見て思い出して、テニスボール3つ持ってきてやってみたんです。そうしたらちょっとずつできるようになって、それが12月くらいでした。

丹下:切羽詰っている時ですね。いい息抜きになったと。
しんのすけ:そうですね。センター試験の日とかも後ろで休憩時間にやったりとかですね。

丹下:もう癖みたいになってたんですね。ペン回しみたいに。

しんのすけ:そうですね。ジャグリングの1ついいところって、練習した分だけ上達が感じられるところなんです。最初の頃は特にですけど。


お手玉のパターンを数学的に記述する

しんのすけ:そのピーター・フランクルさんが作ったジャグリングサークルが東大にあったんです。

丹下:それで行ったと。入学してからですか?

しんのすけ:入学してからですね。ここしかないと思ってすぐに入りましたね。

丹下:どこに惹かれたんですか?

しんのすけ:お手玉のパターンというのが数学的に記述できるんですね。そういうのも研究とは別に理系の人は直感的に惹かれるんじゃないでしょうか。

丹下:そういう風に理解するとコツが分かりますものね。理系的な考え方ですよね。規則性が分かった時はすごく楽しくて、人の動きの規則性とかすごく気になりますよね。
しんのすけ:世の中の事象から何かを抽出しようとするという。


酒とジャグリングの学生時代、稼ぐために大道芸

丹下:で、学校行きながらずっと、ジャグリングしていたという感じなんですか?

しんのすけ:結構大学って暇じゃないですか?なので、空いている時間はクラブの溜まり場でずっと練習していました。

丹下:学生の時はイベントに出たりしてたんですか?

しんのすけ:僕が初めて大道芸をやったのは、2年くらい経ってからですね。酒とジャグリングばかりやっていたので、お金がないんですよ。そこでお金を稼ぐために大道芸に行ったんですね。

丹下:バイトには行かずにですね。

しんのすけ:バイトには行かずにですね。最初のモチベーションは飲み代を稼ごうでした。

丹下:どこでやられたんですか?

しんのすけ:初めてやったのは井の頭公園ですね。

丹下:メンバーの方とですか?
しんのすけ:同期とですね。先輩はその頃けっこう大道芸とかやっていたんですけど、「やってくれば?」なんて言われたりして。

丹下:どうでした?

しんのすけ:人前に出るというのがそれまで全然なくて、学園祭でちょこっとやるくらいで、ただジャグリングが出来るというだけでした。

丹下:まだエンターテイメントのレベルにいっていないという感じですか?

しんのすけ:全然いってないですね。忘れもしないんですが、2人でやるんですけど、結局お客さん1人なんですよ。でも、図々しくも、お金ちょうだいみたいにして、その見ていた女性が同い年くらいですかね。昨日までタイにいたのという事で、20バーツくれたんですよ。それでも全然嬉しかったですね。

丹下:それからは、本気でお金を稼ぎにいったんですか。それとも、単にやろうという感じだったんですか?

しんのすけ:その頃はまだプロになろうとかはなくて、勉強もしないくせになんとなく学者になろうかなと思ってたんです。ただショーをするのもたのしくて、練習して、1人で人前でやるようになりました。

丹下:いつくらいから真面目にチップを稼げるようになったんですか?


しんのすけ:いつくらいだったかな。ある程度人がいるところに行けば、それなりには入るんですよね。ショーができていたかというと分からないですけど、そこそこは稼げました。


ジャグリング人口の増加と、プロ意識の芽生え

しんのすけ:で、大学3年くらいまでは大道芸というか、ショーすることに付かず離れずみたいな感じでした。ちょうど、1999年にテレビチャンピオンでジャグラー王選手権がありまして、その影響で日本のジャグラーが少し増えた時期があったんです。

丹下:ブームが来たんですか?
しんのすけ:ブームまではいかないですけど、ジャグラー人口は増えましたね。その頃は小平に住んでいたんですけど、興味本位で多摩地区にジャグラーはいるのだろうかと思って、日本ジャグリング協会の掲示板に「小平ジャグリング倶楽部」というスレッドを立てて。実際にはそんなクラブなんて全然なかったので、クラブというのは半分冗談で書いて、小平周辺でジャグリングやっている人いたら一緒にやりましょうみたいなことを書いて、3週間くらい経ったら反応がありました。クラブに参加したいんですけどみたいな。

丹下:ないのに。笑。

しんのすけ:そうなんですよ。笑。だから、いついつ練習しましょうみたいになって、小平の体育館を借りて、少しずつやっていました。その頃僕はウェブの知識とかなかったんですけど、来た人にホームページ作ってよなんて言って、作ってもらっていたら、いつの間にかちゃんとした組織になっていました。そうすると今度はホームページを見て、幼稚園とか地域のお祭りとかで、「ジャグリングやってくれませんか?」なんて依頼がくるんですね。

丹下:何人くらいいたんですか?

しんのすけ:20人くらいですね。多摩地区の人が10人前後で、それ以外の地区からも参加している人がいて。

丹下:小平以外にもそういうクラブ的なものはあったんですか?

しんのすけ:ちょうど増え始めた時期でした。
しんのすけ:それこそ高校にもジャグリングクラブができたり、他の大学にも出来たりですとか。全国で10とか20のジャグリングクラブがあったと思います。


公演依頼が増え、博士課程を休学

丹下:就職は考えなかったんですか?

しんのすけ:そうですね。僕は大学院にも行きまして。

丹下:そうなんですか。大学院は数学ですか?

しんのすけ:進学したのが教養学部だったので、色々なことをやるんですね。物理も数学も生物も化学もやる学科だったので、院も色々とやるところだったんですよ。一応、院は理論分子科学でした。

丹下:その時はクラブも運営しつつ、大学院生をしていた感じですか?

しんのすけ:そうですね。

丹下:院に行ったのは、学者を目指してですか?それとも就職までの時間稼ぎみたいな?

しんのすけ:その頃は、基本的には大学に残るつもりでいたんです。院も理論系だったので、実験と比べるとかなりフレックス制というか、研究室滞在時間は短かったですね。
丹下:研究生発表会とかありますよね。週一とかで。

しんのすけ:ゼミはあるんですけど、持ち回りだったので2,3ヶ月に1回とかでしたね。本当は朝9時から6時までちゃんと研究室にいないといけないんですが、僕は重役出勤でしたね。

丹下:行かれてはいたんですね。

しんのすけ:行ってはいましたよ。昼から夕方まで研究室いて、夕方から練習して、また研究室に戻り、終電で帰るみたいな生活でしたね。

丹下:小平のジャグリングクラブを運営しつつ、イベントも呼ばれたりしていたんですか?

しんのすけ:そうですね。

丹下:それってお金もらっていたんですか?

しんのすけ:まちまちですね。その頃はお金稼ぎが目的じゃないですからね。ショーをしていると自分の技術が人に喜んでもらえるからやっていたというのが強いです。進路を考えた時に大学院生の進路というと修士とか博士なんですけど、そこに向かって一心不乱に勉強する分にはいいんでしょうけど、なかなかそうも行かず悶々としていました。この先どうやって飯食っていこうという時、学問でというのも選択肢にあったんです。いずれにせよ、自分の腕で食べていきたいというのがあったので、その時にジャグリングもいいなあと。
丹下:その時に初めて意識したんですか?

しんのすけ:そうですね。タイミングが悪いんですけど、修士課程から博士課程に行っちゃったんですよ。で、1年くらいは通ったんですけど、ジャグリングのウエイトが増えてきて、公演が増えてきました。そこでどうやって飯を食っていくかということを考えた時に、ジャグリングを選択しました。ジャグリングの人口も増えていたし、まわりの技術も上がっていましたからね、それで博士課程の修了を待っていたら、今持っているアドバンテージがなくなると思って、教授に相談したんですね。

丹下:教授もびっくりですよね。うすうすは知っていたんでしょうけど。

しんのすけ:そうですね。そっちに興味がいっているというのも気づいていたんでしょうけど、言葉には詰まっていましたね。いきなり辞めてやるというのもリスクが高いので、休学という形にしてダメだったら戻ってくればいいじゃないかと言ってくださって、本当に不真面目な学生だったんですけどね。

丹下:ご両親はどうだったんですか?

しんのすけ:やりたいことをやりなさいと最終的には言ってくれましたね。


ターニングポイント1
     ~芸人仲間との出会い~


しんのすけ:自分の中で意識が変わったのが何回かありました。
しんのすけ:2002年に大道芸のコンテストがあって、そこで運良く賞をいただきました。それまで横のつながりとかなかったんですけど、そこでできたりしました。その横のつながりがあったから割とスムーズに入っていけたかなと思います。

丹下:どこが主催したんですか?

しんのすけ:地元の商店街とかだったんですかね。それが強烈なイベントだったんですけど、60組くらいでまして。

丹下:かなり集まりましたね。

しんのすけ:優勝賞金が100万円で、それに交通費とかも出たので、かなりお金を集めたと思うんです。で、こういう大道芸の大会で言うと、静岡でワールドカップみたいなすごく大きな大会があるんですね。4日間から5日間くらいに渡って開かれるような、200万人とか集まって、

丹下:それは何年に一回なんですか。

しんのすけ:毎年11月頭にあるんです。ちゃんと種を蒔いてイベントを育てて行けば大道芸フェスティバルはたくさんのひとが集まるのですが、いきなりやっても大道芸で人があつまる、というのは間違いだと思うんです。そのコンテストは河川敷のだだっぴろいところで、資金を集めて開催したんですけど、蓋を開けてみたら、なにぶん会場が広いために、閑散としちゃって、テキヤさんもそれで怒っちゃって、僕らとの間に入っていたお兄さんが吊るし上げみたいになっちゃって、3日間くらいあったのかな、2日目の夜とかにこれじゃいかんということで芸人とそのお兄さんとでミーティングをしました。
しんのすけ:僕らもできることはやろうということで、即席でユニットとか作ったりしたんです。そこで芸人どうしが仲良くなりましたね。

丹下:逆にピンチの時に結束固くなって。

しんのすけ:そうですね。


ターニングポイント2
~イベントプロデューサーとしての道~


丹下:その後もターニングポイントみたいなのはあったんですか?

しんのすけ:1年くらいやった後に、たまたま東京都の大道芸ライセンス・ヘブンアーティストの審査員でもある大道芸プロデューサーの方と知り合いまして。飲んでいるときに、たまたま高校が同じだということが発覚しました。

しんのすけ:そこで、芸をちゃんと見てくれて、そこから色々なところに声をかけていただくようになって、イベントに出していただきました。

丹下:何をプロデュースされている方なんですか?

しんのすけ:大道芸イベントのプロデューサーですね。大きなフェスティバルをコーディネートして町おこしを手伝ったり。それで大道芸について色々な現場をやって知ることが出来たりして、海外パフォーマー、フランスからきた方とかを見たりして、それはすごく僕の中では大きな経験でした。


しんのすけ:それからかなり自分のショーに対する意識が変わりました。そこで色々と学んで、意識が変わりました。ジャグリングをもっと知ってもらいたいなという意識が強くなって、舞台公演を自分で企画するようになり、今では柱の一つになっていますね。

丹下:どういうところでやっているんですか?

しんのすけ:ホールを借りてやっていますね。

丹下:最近で言いますとどういったような?

しんのすけ:毎年6月に、「堀の外のジャグリング」という公演を地元江東区でやっています。ジャグリングをオムニバス形式でみせる公演ですね。
丹下:ジャグラー仲間とですか?

しんのすけ:そうですね。1人でずっとやるんじゃなくてですね。何組か出て、出来るだけイロがかぶらないように呼んでですね、「色々なジャグリングがありますよ」というような。


ジャグリングしていて気付いたこと
「イメージできるものは必ず出来る」


丹下:ジャグリングやっていて面白かったこととか気づいたことってありますか?

しんのすけ:極端な言い方なんですが、何かをやろうと思った時にあまり不可能を感じないということですね。

しんのすけ:練習する過程で、あの技やりたいと思ってもすぐ出来るわけじゃないんですね。

丹下:やっていても?

しんのすけ:そうですね。でも、イメージできる技は大体できます。

丹下:できるんですか。

しんのすけ:練習さえすればできるようになるという感触があるんですよ。
しんのすけ:それが何かプロジェクトを立ち上げるにしても、イメージができるなら出来ないことはないと思えるんですよね。

丹下:ゴールがイメージできるかって重要ですよね。そういう技って人のを見て考え付いたりするんですか?それとも自分で思いつくんですか?

しんのすけ:両方ありますね。やっぱり自分だけで、思いつくことって大したことないんですよ。

丹下:他の人のを見て。

しんのすけ:インスパイアされることはありますね。家で1人閉じこもっていても成長はしないので。


ジャグラーとしての夢
    ~ジャグリングを文化に~


丹下:なるほど。そうしますと、ジャグラーとしてのしんのすけさんの夢としてはどういったものになるんですか?

しんのすけ:ジャグリングを文化として根付かせていきたいですね。一番にはジャグリングを知ってもらいたいというのと、やってもらいたいというのがあります。

丹下:やってもらいたいというのはなぜですか?
しんのすけ:僕自身がジャグリングを通して、学んだことがたくさんあるので、ジャグリングは僕の先生だとよく言うんですけど、そんな意味もあってね。ジャグリングのある人生が全てではないですけど、素敵な人生の1つではあるので。それこそ休日に公園でキャッチボールじゃないですけど、家族でジャグリングをする休日があってもいいんじゃないかなと。なんかそういう景色が見られるようなのがいいですね。

丹下:それ面白いですね。

しんのすけ:そういう気持ちもあってジャグリングの教室を開いたりしています。

丹下:今後の方向性などお聞きしてもよろしいですか?

しんのすけ:ジャグリングを広めるという意味で、色々なジャンルとのコラボレーションをして、1つの作品としてできたらいいなというのはありますね。
丹下:曲に合わせてジャグリングとか面白そうですよね。

しんのすけ: 地域に根ざした形でジャグリングを、大道芸でもできたらいいなというのがあります。最近「社会の役に立つには?」ということを考えるようになって、ジャグリングって何かを生産している訳じゃないんですけど、ショーを見た後に、見てくれた人の気持ちをポジティブにできたらなというのがあります。人々の日常の中で、街を明るくするとか、ポジティブな空気を作りだす存在になっていけたらいいなと思っています。

丹下:わかりました。本日はありがとうございました。

しんのすけ:こちらこそ、ありがとうございました。






東大の博士課程まで進んで、今やらないとジャグラー技術のアドバンテージが無くなるという危機感から休学。凄く理解できる理由だった。彼ほどの才能があれば、大学も企業もいつでも復帰は出来ると思う。凄く正しい選択だと思う。コミュニケーション能力が高く、取材時にはとても弾んで対話をすることができました。とても理数系の学者を目指していた方には思えなかった。ジャグラーという文化を日本に根付かせたいという理念が、彼の原動力なのだ。芸術と事業という連立方程式を解いてくれることを期待しています。