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由紀精密工業株式会社

由紀精密工業常務取締役、大坪正人。東京大学大学院を卒業し、現在は父の経営する町工場で経営を手伝っている。
彼はその類いまれな頭脳でどのように日本の製造業を革新していくのか。
その延長線上に彼の夢はあるのだろうか。
茅ヶ崎にあるオフィスに伺い、話を聞いた。
 

最先端の飛行機部品を造っている日本の町工場

丹下:会社の概要からおねがいします。

大坪:由紀精密は金属の切削加工をしています。例えば、航空・宇宙関連機器、半導体製造装置、等に使われるような高い品質が要求される部品を作っています。

丹下:飛行機で言えば、何の部品ですか?

大坪:水周りの部品や、細かい機構部品、電子機器に使われる部品もあります。新型のあるメーカーの飛行機には、かなりの高い確率でうちの製品が使われています。
丹下:これはジュラルミンでできているんですか?

大坪:ジュラルミンもありますが、ステンレス系が多いです。得意なのがステンレスなんです。ステンレス・チタンとか、一般的に難削材(なんさくざい)って言われていて、飛行機や宇宙関係の用途に利用されることが多いです。最近インコネル等のニッケル合金も増えています。

丹下:インコネルってものすごく硬いですよね?

大坪:硬いというより削りにくいですね。耐熱鋼なので。ジェットエンジンの中に使われているような部品です。由紀精密は製造業なんですけど、数万個とか作る量産はかなり減ってきています。昔は光ファイバーのコネクタ部分とか小さな部品の量産をやっていたんですけど、今はどんどんコストの安い海外に製造が移管しています。日本製の良い機械を持ってれば海外でも作れちゃう分野はもう無いものとしてかかろうとしています。今は航空宇宙分野や、開発系の仕事に力を入れてますね。

丹下:付加価値の高いものを作っているってことですか?

大坪:そうです。バイクなんかもレーシングバイクをやっています。削り出しのエアファンネルや、エンジン内の主要部品も手がけます。製造が難しい製品をあえて受注する事で、会社の技術を向上させて行こうと心掛けています。


圧倒的な製造技術で、日本に残る物づくりを。
部品単価は19000円から50000円、2.6倍の付加価値


丹下:なるほど。その先に会社としてやりたいことがあると?

大坪:会社として何がやりたいかというと、世の中ができないものを作ることですね。できないっていうのは形ができないっていうのもありますが、世の中じゃ作れないコスト、ありえないスピードで作るとか、そういうことです。ものを形にできる製造技術というところで、世界1位の製造技術を持ちたいなと思います。すでに、ある分野の部品では世界で一番と言い切れるものもあります。ただ他の会社では作れないというだけではなく、前にやっていたところがコストダウン要求に対してギブアップして手を引き、結局どこもその要求コストで作れなかった部品を、あえて手を挙げて取ってきます。品質もものすごく厳しいです。3ヶ月くらい開発して、最初は赤は分かっていたんですけど10年は続くということで、受注しました。それで受注してから黒字化できる技術をつけていく。今はけっこう割は合ってるはずです。
★ Dreamerのプロフィール
出身地 神奈川県茅ヶ崎市
生年月日 1975年5月12日
学歴 ・浅野高校
・東京大学理科1類⇒産業機械工学科
・東京大学大学院工学系研究科、産業機械工学専攻
専攻はマイクロマシン、DNAハンドリング
 失敗学で有名な畑村教授(現・東京大学名誉教授、工学院大学教授)に師事。
略歴 株式会社インクス(2000~2006)
・ハードウェア部門の責任者として、世界最速携帯金型製造工場立ち上げ
・第1回日本ものづくり大賞、経済産業大臣賞受賞
・雷鳥ファンド(100億円)での買収先へのコンサルティング
・シニアマネージャーとして研究所のハードウェア部門を任される。
・長野に完全無人金型製造プラント(零工場)立ち上げ

2006年10月から、父が経営する由紀精密工業株式会社で常務取締役就任。
ITバブル崩壊後のどん底の状態から、経営革新を図る。
趣味 車(運転)、音楽(ピアノ・ギター演奏)、スキー(SAJ1級)、テニス(中・高部活)、マリンスポーツ(サーフィン、スキューバ(NAUIオープンウォーター)、2級小型船舶免許)
その他 会社HP http://www.yukiseimitsu.co.jp  精密加工案内ページ http://www.sessaku.net

☆ 会社概要
企業理念 ・信頼のおける高品質の精密機械部品を短納期で供給し、世界最先端の製品開発を支える。
・規模は小さくても世界一の技術を追求する。
社名 由紀精密工業株式会社
代表者 大坪 正人
設立 1961年7月
住所 神奈川県茅ヶ崎市円蔵370
TEL 0467-82-4106
FAX 0467-86-9614
URL http://www.yukiseimitsu.co.jp
丹下:誰にもできない仕事を誰にもできない値段で受注するってことですね?

大坪:そういう仕事を狙ってとっている部分あるので、けっこう社内は混乱しています。今までと違うから。昔はもうセットして機械で流しちゃえば、それなりの生産ができたんですけど、今は1個1個来た注文が研究開発みたいな感じです。

丹下:例えばどんなものですか?

大坪:大手の電機メーカーから、ものすごく小さい部品を受注しました。小さいものは得意なのですが、かつて無いくらいに小さいものでした。 外径が0.3ミリで内径0.2ミリの穴があいている。さらにただのパイプではなく、すり割りが入ってたり、形状も複雑です。

丹下:ものすごく小さいですね。

大坪:これは由紀精密でしかできない部品のひとつです。このお客さんは1部上場の会社ですが、多くの取引先に依頼をして、作れるかもしれないっていったのがうちの会社だけだったそうです。 精度出るか分からないけど、チャレンジさせてくださいということで受注して、結局精度も出て、お客さんも喜んでくれました。
こういうのを1個作るとウチのエース級の人が1週間とかかかっちゃうんで、なかなか厳しいんですけど。会社全体の技術向上として、さらに、こんなものが作れるというアピールとしても、非常に良い仕事となりました。そんな事を繰り返しているうちに、仕事の量と質がどんどん変わってきています。 


大坪:会社の受注する仕事の単位を部品単価で見ると、僕が入る前の部品単価が大体平均すると、19,000円くらいでした。今は50,000円近くまで上がってきています。こういった付加価値の高い製品にシフトさせていく事は今後も続けて行かざるを得ないと思います。


下請けとは違う、提案型町工場。生き残るために、技術を追求する

丹下:新しいものを作るときの具現化する難しさってありますよね。ものづくりは大部分がコスト競争力の強い海外に出ていってます。
丹下:難しい仕事を具現化できる会社しか、日本にあるメーカーでは残っていかなくなっていくんでしょうね。

大坪:そう思いますね。1つ考えているのは量産化前の段階を変えて行こうということです。今、大手のお客さんとかに提案しているのは、試作を受注して、量産立ち上げまでの技術をパッケージにして売るということです。例えば、通常では試作が1件100,000円だというのを1,000,000円にして、その90%は量産のコストダウンと立ち上げが早いっていう効果でお客さんとしては元が取れるようにしていきたいですね。お客さんからはすごく反響あります。試作は日本で作っているから早いし、精度も完璧にできるのに、量産したら不具合続出で立ち上げに手間取るということが多々あって、どこも苦労しています。だったらうちは試作も量産も両方できるんだから、試作を作ってパッケージで量産のノウハウも落としてあげる。自社の技術を流出させるのでは?という懸念もありますが、そこはそれほど考えていません。

丹下:完成品の技術流失は仕方がないと割り切った方がいいかもしれませんね。製造工程を作る技術というか能力がすごく重要だと思います。

大坪:その辺が狙っているところですかね。会社としてはとにかく製造技術を追求していきたいですね。

丹下:それを追求するにあたって何が必要になってくるんですか?優秀な人だけでしょうか?それとも機械とかも?

大坪:機械もそうなんですが、工具の材質とか加工パターンだとかそういったものも大きいですね。
大坪:あと、この機械じゃないと作れないっていう技術を作っちゃうと、その機械を持ってないと作れなくなっちゃうから、どっちかというと、どういう機械をどういう順番で、回していったらうまく加工できるかとか1番早いかとかの工程を考えますね。

丹下:それって由紀精密の人じゃないと作れないものですか?それとも他の人でも作れるものですか?

大坪:多分他の人でも作れると思いますよ。作れるんだけど、そこでいかに気合と根性で諦めずに考え続けるかっていう感じですね。


ITを駆使して、日本の全ての製造業に差をつける

丹下:コンペティターとかいるんですか?

大坪:日本中の製造業です。特に日本が1番強いところで戦おうとしています。よほど、ちゃんとやらないと負けちゃいます。部品加工屋さんとかすごいですよ、日本は。ただ、相対的に考えると、コンペティターが弱いのはITなんです。だからITを駆使して他のコンペティターに差をつけています。最近の日刊工業新聞で、「自動で複合精密加工」っていう記事が取り上げられました。機械の中で削ったやつを測定して、測定フィードバックをかけましょうってことです。連続して製品を造る上で、測って加工したものを次の加工にフィードバックするんで、流せば流すほど精度がよくなっていきます。


大坪:人間による補正もいらないし、恒温室とかないところでも、温度変化に追従するように勝手に機械が補正していってくれる。わりと高価な設備がなくても、センサーとフィードバックでコスト抑えながら精密な領域に入れるようなシステムを作りました。こういうところで他社に差をつけています。


東京大学大学院卒、若くて優秀な頭脳が日本の製造業を盛り上げる

丹下:そうなると由紀精密の最終目標は日本でナンバーワンの加工屋さんですか。

大坪:そうですね。「この技術では絶対うちが一番だという技術を持つ」っていうことですかね。
大坪:ある意味、1部ではもう実現している領域もあるかもしれないけど、そういう分野をいっぱい持ちたいですね。例えば、チタンのことだったら日本でウチが絶対1番とか。インコネルだったら1番とか、だから今、1番インコネルに力入れてて、現場大変ですよ。工具がすぐダメになるので、工具代がいきなり倍になったりしますし。でも、苦労は買ってでもしろじゃないですが、力はついてきています。去年入った新人でも、インコネル加工した経験時間はすごく長いんですよ、ベテランの人よりインコネルの加工はうまいかもしれない。結局、今、材料費は高騰していますし、材料費率が高くなってしまう付加価値の低い加工は厳しいです。極端な話、材料費率が半分の会社では、材料費が上がった途端に潰れちゃいます。由紀精密は、製造技術は磨くけど、付加価値の少ない量産に手を広げようとはあんまり考えてないです。事業の展開として理想的なのは、製造技術は持ちました。じゃあノウハウを持ってるだけでいいのかっていったら、そうじゃなくて、その難しい製品を作るための製造装置はこれがいいっていう製造装置を売るとか、ノウハウが満載に詰まっているやつを1つパッケージにして大手メーカーに売るとか、そうすると今のただの部品の試作の請負屋よりも1段階大きい会社になると思います。

丹下:部品加工屋さんのプロ中のプロみたいな感じでしょうか?

大坪:そうですね。まだ僕がこの業界に入って2年なんですけど、夢は大きくいきたいですね。

丹下:結構メディア出ているんですか?ものすごく経歴がキャッチーですよね。
大坪:大学院行って、町工場入って、油まみれになってというギャップがウケるんでしょうね。周りの人になんでそんなことやってるの? って聞かれるますが、得してるなって思うのは目立つことです。 目立つことはやっぱり重要で、やっぱり目立てないからみんな苦労しているわけですよね。うちの会社に関して言うとメディア受けはいいんですよ。ネタがあるから。まあ、ネタを作れるように色々やらなきゃいきないんですけどね。やっぱり新聞とか見ている人には宣伝効果があって。問い合わせとかもきます。

丹下:問い合わせはどういう人が1番多いですか?

大坪:大手企業の研究とか購買部門の人が新聞を見てっていうのが多いですね。記事見て検索してホームページ見て、問い合わせてくれます。今、世界的に展開している部品メーカーでも日本に研究発部門を持っているところが多いです。例えば、ある会社は、日本が研究開発の拠点になって、研究開発したテストピースをアジア中で使用します。そのテストピースを由紀精密で作っています。また、製品の方向性としては、環境問題とかもあって、軽いものへのニーズが強くなって来ています。それに答えて、製造技術が難しくて軽いものを何とか解決していこうとしています。だから積極的にチタン製品を受注しています。チタンは人体に影響がないので、医療分野で使えたりと広がりがありますから。一般的にチタンの加工は難しいって言われているけど、由紀精密の中では、そうでもなくなってきています。「うわっチタンが来た」っていう感覚はなくて、付加価値の高い仕事がきてよかった。という感じですね。


丹下:付加価値の高い、基準でいうと図面単価が高いっていう感じの仕事ですね?

大坪:できないっていわれてるやつをできるようにしてその分の技術料をもらいましょうっていう感じですね。実際には技術開発に時間がかかっているので、利益はほとんど出ていないものも多いのですが。

丹下:その方が生き残れますよね。

大坪:生き残らないといけないですね。この業界はいま厳しい局面にあります。
大坪:材料費が値上がりして、景気も後退していて、若い人が入ってこなくて、と暗い話が先行します。 そんな中で、業界をこうワッと盛り上げていって、なんとかなるんだっていうのを見せていきたいですね。そしたら、同じこと考えている人もけっこう出てくるかなって思っています。


環境に優しいモータースポーツを

丹下:個人としての夢も聞いていいですか?

大坪:個人の夢って難しくて、会社も個人もそうなんですけど、「製造技術であの物を開発したおかげでこれができるんだ」とかそういうのになれれば面白いですよね。

丹下:具体的に何かありますか?
大坪:例えば、環境に優しいモータースポーツを作りたいですね。僕は車好きなんですけど、モータースポーツも二酸化炭素まき散らすんでいずれ白い目で見られるようになるんじゃないかなと思います。 昔の飲酒運転みたいに少しくらい大目に見られていたのが、全くそんなことなくなる。そうするとモータースポーツ好きの人はけっこう肩身が狭くなる。あの爆音とかがあるから面白いもので、電気で静かにやってもどうかと思っちゃう。だから、どっかで面白いものをつくれるんじゃないかと。会社としてそれを目指すと潰れる可能性があるから、個人として目指したいなと。環境問題を訴えている人には白い目で見られない、でも車好きな人には楽しめるようなモータースポーツを作りたいですね。

丹下:わかりました。本日はありがとうございました。

大坪:こちらこそありがとうございました。

 





大坪常務、実は私の前職の同期だった。彼とは、理系白書と呼ばれる毎日新聞の記事で、前職の社長と一緒に取材を受けた。彼は頭も良いし、真面目で品がある。ドラえもんに出てくる正に「出来すぎ君」。私は、品が無い「ジャイアン」のような両極端なキャラクターだった。同じ釜の飯を食べた友が、ものづくりの現場で活躍している。彼のような日本の頭脳が、これからの日本を創って行くんだと思う。頑張れ!